石上純也と「公共建築」の限界
はじめに
徳島県立ホール計画は、単なる公共ホール建設計画ではありません。
そこには、
- 建築家の理想
- 地方自治体の財政
- 建設費高騰
- 公共性
- 地方都市の未来
といった、現代日本の問題が凝縮されていました。
そしてこの計画の中心にいたのが、建築家・石上純也氏です。
本記事では、徳島県立ホール計画の一連の流れを整理しながら、建築・不動産・都市計画の視点からその本質を読み解いていきます。
徳島県立ホール計画の概要
徳島県は、老朽化した既存文化施設の更新を目的として、新たな文化芸術ホール整備を計画しました。
設計者として選定されたのが、国際的にも評価の高い建築家・石上純也氏です。
一般的なホール建築は、
- 遮音性
- 舞台設備
- 空調性能
- 避難計画
などの理由から、「巨大な閉じた箱」になりやすい特徴があります。
しかし石上氏は、従来のホール建築とは全く異なる提案を行いました。


石上純也の建築思想
「建築を環境化する」
石上純也氏の建築は、単なる建物ではありません。
彼は、
- 地形
- 気候
- 光
- 人の滞留
- 偶然性
などを重視し、「現象そのもの」を設計しようとします。
つまり、
「部屋を作る」のではなく、
「人の行動や空気感を作る」
という思想です。
徳島県立ホール計画でも、
- テラス状空間
- 外部との連続性
- 回遊できる構成
- 公園のような公共空間
を取り入れ、「街と一体化したホール」を目指していました。
これは従来型ホール建築とは根本的に異なる発想です。


なぜ問題化したのか
最大の理由は建設費高騰
近年、日本では建設費が急激に上昇しています。
原因は、
- 人手不足
- 資材価格高騰
- 円安
- 働き方改革による工期制約
などです。
特に公共建築は影響が大きく、
- 万博
- アリーナ
- 市庁舎
- 大規模ホール
などで、計画変更や予算超過が相次いでいます。
徳島県立ホールも、その流れに巻き込まれました。
石上案の難しさ
石上案は建築的には非常に先進的でした。
しかしその一方で、
- 複雑な形状
- 高度な施工技術
- 特殊な空間構成
を必要としました。
つまり、施工難易度が非常に高かったのです。
さらに、外部空間を多く取り込む構成は、
- 防水
- 空調
- 維持管理
- 清掃
などの負担も増やします。
建築雑誌では高く評価されやすい一方、自治体運営では維持コストも重要になります。
ここに、理想と現実のギャップが生まれました。


知事交代による方針転換
徳島県では知事交代が起き、県政方針も変化しました。
新県政は、
- 事業費
- 立地
- 事業方式
を再検討し、実質的に旧計画を停止しました。
つまりこの問題は、
「建築の是非」
だけではなく、
「行政としてどこまでリスクを負うか」
という政治判断の問題でもあったのです。
DB方式不調が意味するもの
徳島県は設計施工一括方式(DB方式)を採用しましたが、不調に終わりました。
これは非常に重要です。
つまり建設会社側が、
「採算リスクが高い」
と判断したということだからです。
現在の日本建設業界は、
- 技能者不足
- 工事費上昇
- リスク回避傾向
が強く、難易度の高い公共建築を積極的に引き受けにくくなっています。
これは石上純也氏個人の問題ではなく、日本全体の建設産業構造の問題でもあります。
展覧会中止問題
2026年には、石上側が計画内容を公開する展覧会を企画しました。
しかし開催直前に中止要請が行われ、大きな議論となりました。
論点は、
- 行政による表現制限
- 県民が知る機会の喪失
- 公共建築の議論不足
です。
公共建築は税金で作られます。
だからこそ本来は、
- 行政
- 建築家
- 市民
が議論を共有する必要があります。
しかし現実には、政治的判断によって議論そのものが止まるケースもあります。
建築的に見た石上案の革新性
石上案の本質は、
「イベントがなくても人が集まる公共建築」
を目指したことにあります。
通常のホール建築は、
- 公演時だけ人が集まる
- 日中は空洞化する
- 周囲との関係が弱い
という問題を抱えています。
しかし石上案は、
- テラス
- 回遊空間
- 滞在空間
- 外部との接続
を重視し、「街の一部」として機能させようとしていました。
これは近年の公共建築の中でもかなり先進的な考え方です。

ただし現実的課題も大きい
一方で問題も明確でした。
維持管理コスト
複雑な公共空間は、
- 修繕
- 防水
- 清掃
- 空調
の負担が増えます。
地方自治体では、建設時だけでなく数十年単位の維持費も重要になります。
地方都市との経済規模の問題
東京の巨大再開発なら成立しても、人口減少下の地方都市では維持が難しい。
ここが最大の論点でした。
徳島県立ホール問題の本質
この問題を、
「行政が悪い」
「建築家がかわいそう」
だけで見るのは浅いです。
本質は、
日本の地方都市が“象徴建築”を維持できなくなっている
という点にあります。
バブル期であれば成立した可能性は高いでしょう。
しかし現在は、
- 人口減少
- 建設費高騰
- 技能者不足
- 維持費増大
によって、公共建築の成立条件そのものが変化しています。
つまり石上純也氏の建築は未来的だった一方、日本社会の経済・行政・建設産業がそこに追いついていなかったのです。
まとめ
徳島県立ホール計画は、単なる中止された公共建築ではありません。
そこには、
- 建築家の理想
- 地方自治体の財政
- 建設業界の限界
- 公共性
- 都市戦略
が複雑に絡み合っていました。
そしてこの問題は、徳島だけの話ではありません。
今後、日本全国の地方都市で同じ問題が発生していく可能性があります。
だからこそ、この計画は「一地方都市の失敗例」ではなく、これからの日本の公共建築を考える上で極めて重要な事例なのです。


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