(静岡県教育委員会/C+A・アイダアトリエ・日建設計)
1. 新県立中央図書館とはどんな計画だったのか?
静岡県が進めてきた「新県立中央図書館」は、
JR東静岡駅南口の県有地(約2.4ha)に整備される“文化力の拠点”の中核施設として計画されてきました。静岡県公式ウェブサイト+1
計画の基本スペック(見直し前)
- 場所:静岡市駿河区東静岡二丁目(JR東静岡駅南口すぐ)
- 構造・規模:鉄骨造(一部CFT造)・9階建、延床約19,800㎡C+A – Coelacanth and Associates
- 蔵書可能数:約200万冊(うち、自由に手に取れる開架が約80万冊)
- 閲覧席数:約800席
- 開館予定:当初は2027年度後半の開館を目指す計画
公共図書館としては国内最大級の蔵書規模をめざし、
「文化力の拠点」という県の文化政策のシンボルとして位置付けられていました。静岡県公式ウェブサイト+1
2. 建築コンセプトと空間イメージ
設計者は C+A・アイダアトリエ・日建設計(エンジニアリング)設計企業体。
プロポーザルで最優秀案に選ばれた案は、
中心に“資料体”と呼ばれる本の塔を立ち上げ、そのまわりにテラス状のボリュームが積層する、非常に特徴的な外観です。C+A – Coelacanth and Associates
コンセプトのキーワード
- 「文化力の拠点」として、
- 県民が出会い、学び合い、交流する“ライブラリー・カレッジ”
- グラウンドから連続する大きな吹き抜けと階段・スロープ
- 各階に広がるテラスと屋外空間
- 県立図書館としての専門的な知の蓄積+市民の活動拠点を一体化
CGを見ると、
エントランスから大きな吹き抜けの中を見上げると、
何層にも積み重なった書架と人の活動が立体的につながる、
まさに“本の山・知の塔”のような空間がイメージされています。
3. ここまでの経緯:なぜ東静岡に「新図書館」を?
もともと、県立中央図書館は老朽化が進み、
資料棟の床にひび割れが見つかったことなどから、
全館移転の必要性が議論されてきました。静岡県公式ウェブサイト
主なタイムライン
- 2016~2017年度ごろ
- 県立中央図書館のあり方について、有識者会議で検討
- 2017年度(平成29年度)
- 資料棟の床のひび割れが契機となり、
「文化力の拠点」がつくられる東静岡駅南口への全館移転方針を表明静岡県公式ウェブサイト
- 資料棟の床のひび割れが契機となり、
- 2018~2020年度
- 基本構想・基本計画・整備計画を順次策定
- 県民との意見交換会やパブリックコメントも実施静岡県公式ウェブサイト+1
- 2022年
- 設計プロポーザルでC+A・アイダアトリエ・日建設計JVが最優秀案に選定C+A – Coelacanth and Associates
- 2023~2024年
- 基本設計案が公表され、「2027年度後半開館」をめざして実施設計・工事発注へ進む段階へ
ここまでは、多少の議論はありつつも、
「東静岡に新しい“知のランドマーク”ができる」という期待が大きく、
県内外の建築・図書館関係者からも注目されていました。
4. 一体何が起きたのか?「100億円不足」のインパクト
2025年になって、一気に空気が変わります。
(1) 国の交付金が「想定より約100億円マイナス」
新図書館整備の総事業費は約298億円。
このうち約136億円を国の「社会資本整備総合交付金」で賄う前提で計画が組まれていました。アットエス+1
ところが、
- 全国で同じ交付金を狙う自治体が増えたこと
- 県の見込みの立て方にも問題があったこと
などから、実際に見込める交付金は約34億円程度にとどまる見通しとなり、
**当てにしていた約100億円が“消えた”**形になってしまいます。kenji-oishi.net+1
結果として、県の実質負担は
約138億円 → 約241億円(+103億円)
と大幅に膨らむ見通しとなり、
「にわかに信じがたいことが現実に起きている」と県議会で厳しい声が上がりました。at-sニュース+1
(2) 物価高・建設費高騰も直撃
同時期の建設費高騰も事業費を押し上げました。
県が当初予算で設定していた建設工事費約268億円の債務負担行為は廃止され、
事業そのものを見直さざるを得ない状況になります。at-sニュース
(3) 事務処理の問題と「調査報告書」
なぜここまで大きなズレが生じたのか。
県議会の文教警察委員会からは、
**「事務の適正執行を求める申入れ」**が出され、
教育委員会は国とのやり取りや庁内意思決定の経緯を検証した
「調査報告書」を2025年9月に公表しました。静岡県公式ウェブサイト+2静岡県公式ウェブサイト+2
報告書では、
- 国の制度の理解不足
- 庁内での情報共有の不十分さ
- リスクを十分説明しないまま予算を組んだこと
などが課題として挙げられ、
教育長が給与の一部を自主返納する事態にもなっています。TBS NEWS DIG
5. 鈴木知事はどう動いた?「一旦立ち止まる」という決断
こうした状況を受けて、
2025年6月18日、静岡県議会6月定例会で鈴木康友知事は次のように表明しました。静岡県公式ウェブサイト+1
- 「一旦立ち止まって整備方針を見直す」
- 「年内をめどに方向性を示せるよう、庁内にプロジェクトチームを立ち上げて検討する」
県の公式ページでも同様の方針が示され、
- 一旦立ち止まって整備方針を見直す
- デジタル技術の進展や社会情勢の変化、関係者の意見を踏まえる
- 年内をめどに方向性を示す
という3点が明記されています。静岡県公式ウェブサイト
また、9月の県議会では、
知事が「図書館の機能を再整理していく」と述べ、
単に規模を削るだけでなく、役割やサービス内容も見直す考えを示しています。TBS NEWS DIG
6. 見直しの“方向性”として報道されている内容
まだ正式決定ではありませんが、
報道ベースでは、次のような方向性が示されています。
- 開館時期を約5年遅らせる方針
- 9階建ての設計を見直し、建物規模を縮小
- 蔵書数を200万冊 → 150万冊に減らす方向Excite+1
つまり、
「大規模・国内最大級」から「財政とバランスを取った規模」へ修正する
可能性が高い、ということになります。
一方で、
「東静岡エリアにふさわしい施設を目指す」という方針は維持されており、
場所そのものを変えるという議論は、現時点では前面には出ていません。静岡県公式ウェブサイト+1
7. 建築・図書館・財政の3つの視点で読む“見直し”
ここからは少し噛み砕いて、
一般の読者にもわかりやすいように整理してみます。
① 建築の視点
- テラスが何層にも重なる立体構成
- 吹き抜けを貫く大きな資料塔
- 大きな開口部や長いスパン
といったデザインは、魅力的な一方でコストもかかりやすい構成です。
構造・防火・設備・仕上げを一段上のグレードで整える必要があり、
物価高の中では予算を圧迫しやすい要素でもあります。
見直しによっては、
- 層数を抑える
- テラスや吹き抜けのボリュームをシンプルにする
- 仕上げや設備のグレードを調整する
といった“コストとデザインの再配分”が議論される可能性があります。
② 図書館サービスの視点
蔵書数を200万→150万冊に減らす方向が報じられていますが、
「数を減らす=サービスの劣化」とは限りません。Excite+1
- デジタル資料の充実
- 県内市町村図書館とのネットワーク強化
- 予約・取り寄せ・電子図書館サービス
などを組み合わせれば、
利用者がアクセスできる“知の総量”は、物理的な蔵書数だけで決まりません。
むしろ見直しを機に、
- 「どの資料を県立が持つべきか」
- 「市町村立とどう役割分担するか」
といった戦略的な蔵書・サービス設計が求められます。
③ 財政・公共投資の視点
人口減少・高齢化の中で、
これからの自治体は
- 医療・福祉・防災
- インフラ更新
- 教育・文化施設
など、多くの分野に限られた財源をどう配分するか、
非常にシビアな選択を迫られます。
今回のケースは、
- 国の交付金を“楽観的に見込み過ぎた”
- 物価高への対応が後手に回った
という反省点がはっきりした一方で、
- 「一旦立ち止まって見直す」と公言した
- 調査報告書を公表し、問題点を整理した
という意味では、
まだやり直しがきくタイミングでブレーキを踏んだとも言えます。静岡県公式ウェブサイト+2静岡県公式ウェブサイト+2
8. 私たち利用者にとって、何がポイントになる?
最後に、「利用者目線」でのポイントをまとめます。
これから注目したい論点
- 規模と機能
- 何階建て・どのくらいの面積になるのか
- 蔵書数の削減と引き換えに、どんな新しい機能(学習スペース、子ども向け、ビジネス支援、イベントなど)を重視するのか
- デジタルとリアルのバランス
- 電子書籍・デジタルアーカイブをどう位置付けるか
- オンラインサービスと、リアルな「居場所」としての図書館の両立
- 東静岡という立地の活かし方
- 駅前立地を活かした回遊性
- 近隣施設(グランシップ、将来の周辺開発など)との連携
- プロセスの透明性
- 県民への情報公開・説明のわかりやすさ
- パブリックコメントや意見交換会のあり方
9. おわりに:立ち止まった“バベルの図書館”の行き先
「バベルの塔のよう」と形容されるダイナミックな新県立中央図書館計画は、
財源不足という現実に直面し、いったん足を止めました。kenji-oishi.net
しかし、
- 東静岡に新しい県立図書館を整備する方向性
- 図書館を「文化力の拠点」の核にするという理念
自体が消えたわけではありません。静岡県公式ウェブサイト+1
むしろ今は、
「背伸びしすぎた計画」を
「現実的だけど、未来に開いた図書館」へと
チューニングし直すための時間
だと捉えることもできます。
これから県のプロジェクトチームが示す“新しい方向性”が、
- 財政の制約
- デジタル時代の読書環境
- そして何より県民の「こんな図書館がほしい」という思い
をどう結びつけていくのか。
そのプロセス自体が、実は**“学びの場としての図書館”の試金石**になるのかもしれません。


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