― 200mクラスがない街。中規模再開発の”実務”がいちばん見えるエリア
第10回は飯田橋・御茶ノ水・神田。①〜⑨で扱ってきた300m級のプロジェクトはここにはありません。最大でも180m前後です。
でも建築や都市計画を学ぶ立場からすると、このエリアがいちばん勉強になると思っています。理由は、市街地再開発事業が本来解決しようとしてきた課題——旧耐震建物、宅地の細分化、権利の輻輳、私道の存在——がそのまま残り、それに正面から取り組む案件が並んでいるからです。
① (仮称)下宮比町地区開発計画
延床面積 約20.8万㎡/環境アセス手続中
飯田橋駅周辺で最大規模の計画です。飯田橋駅の北西側で進む大規模複合開発で、A〜C棟の複数棟構成。A棟がオフィス・ホテル・商業施設等で地上32階・地下2階・延床約10.6万㎡、B棟が住宅・商業施設等で地上47階・地下2階・延床約9.2万㎡、C棟が住宅・オフィス等で地上14階・地下2階・延床約1.0万㎡。A〜C棟とも地下は駐車場と機械室として利用される想定です。2026年2月時点で環境影響評価の調査計画書に関する手続き段階にあります。
周辺の既存大型建物としては飯田橋グラン・ブルーム、飯田橋セントラルプラザ(ラムラ)、住友不動産飯田橋ファーストタワーなどがありますが、下宮比町地区の再開発建物は周辺最大級のグラン・ブルームを上回る規模となり、飯田橋駅周辺の新しいランドマークになるとみられています。
② 富士見二丁目3番地区第一種市街地再開発事業
敷地面積 約4,100㎡(A敷地)/2029年度竣工予定
飯田橋駅西口の東側(皇居側)、日本歯科大学附属病院の東隣に位置します。A敷地は地上21階・地下2階、高さ約130m、敷地面積約4,100㎡、建築面積約2,800㎡、延床面積約45,000㎡で、用途は事務所・住宅・地域コミュニティー施設・子育て支援施設。B敷地は地上6階・地下2階、高さ約33.5m、敷地面積約180㎡、延床面積約1,200㎡の事務所です。建築主は富士見二丁目3番地区市街地再開発組合(参加組合員:住友不動産)、事業協力者は前田建設工業、事業コンサルタント・基本設計は日建設計で、2026年度着工・2029年度竣工予定です。
B敷地が180㎡という点に注目してください。敷地面積わずか180㎡の小さな街区も事業に取り込んでいる。市街地再開発事業がなぜ必要かというと、こういう細分化された宅地を単独では建て替えられないからです。
③ 飯田橋駅東地区第一種市街地再開発事業
区域面積 約0.7ha/権利変換計画 未認可
このシリーズで何度か出てきた「遅れている案件」の、また別のパターンです。千代田区飯田橋三丁目6番ほかに位置し、施行区域面積は約0.7ha。2021年6月に千代田区が都市計画決定、2022年10月に東京都が組合設立を認可し、総事業費は約367億円。地上26階・高さ約130mの複合タワーを整備する計画です。しかし2026年3月現在、権利変換計画は未認可のまま着工に至っておらず、当初2026年11月としていた竣工予定から大幅に遅れています。遅延の理由は、複雑な駅構造と広域的な関係機関調整の必要性とされています。
一方で前進もありました。2025年7月に「飯田橋駅周辺基盤整備計画」が正式に策定され、東地区・中央地区・駅前地区の3地区一体のまちづくり全体像が明確になりました。重点整備事業は2033年度完了を目標としています。
⑧新宿の西南口が「施工者が見つからない」遅延だったのに対し、こちらは「権利変換が進まない」遅延です。市街地再開発事業でボトルネックになるポイントが、案件ごとにまったく違うことがよく分かります。
④ 後楽二丁目南地区第一種市街地再開発事業
区域面積 約27,200㎡/2030年度竣工予定
飯田橋駅北側、文京区後楽二丁目の約2万7,200㎡を対象とした大規模プロジェクトです。飯田橋駅直結で地上35階・高さ約170mの超高層複合ビルを整備し、住宅・オフィス・商業施設が入ります。事業主体は後楽二丁目南地区市街地再開発準備組合で、住友不動産と五洋建設が事業協力者として参画。区域西側に目白通り、南側に外堀通り、東側に小石川運動場があり、現在の敷地には五洋建設ビル、飯田橋デルタビル、Ns飯田橋ビル、住友不動産飯田橋ビル5号館・2号館本館などが建っています。スケジュールは2026年度に解体工事着手、2027年度に本体工事着工、2030年度竣工、2031年度供用開始の予定です。
飯田橋は新宿区・千代田区・文京区の3区が接する場所で、①下宮比町(新宿区)、②富士見二丁目・③飯田橋駅東(千代田区)、④後楽二丁目南(文京区)と、駅を囲んで3つの区が別々に再開発を進めているという珍しい状況になっています。
⑤ 神田小川町三丁目西部南地区第一種市街地再開発事業
区域面積 約0.6ha
駿河台下交差点に面する街区です。JR御茶ノ水駅、地下鉄神保町駅に近接し、楽器店、書籍・古書店、スポーツ用品店等が集積する靖国通りと明大通りの交差点に位置する、交通利便性が高く特色ある商業地の立地です。しかし地区内の建物の多くは老朽化が進み旧耐震基準の建物割合が高く、宅地の細分化や権利の輻輳、私道の存在などの理由で建物更新が進まず、立地を活かした土地利用が図られていない状況にありました。また靖国通り及び明大通りは緊急輸送道路に指定されており、沿道建物の耐震化が急務となっています。
事業者側の説明も具体的です。建物の耐震化や不燃化といった地域全体の共通課題を解決するべく、住宅・業務・商業の複合再開発により土地の高度利用を図り、地域の活性化や憩いの場となる安全で快適なオープンスペースや歩行者空間を確保。靖国通りや明大通りに接する視認性の高さを活かして、地域全体のランドマークとなる施設の創出を図るとしています。
「宅地の細分化や権利の輻輳、私道の存在」という一文が、この地区の課題をすべて説明しています。神田・神保町は江戸期からの町割りがほぼそのまま残っているため、1棟ずつの建て替えが物理的に成立しない。だから再開発事業という手法が要る。教科書的な事例です。
⑥ 神田錦町三丁目南部東地区市街地再開発事業
地上35階・高さ約180m/2036年度予定
このエリア最大の高さになります。所在地は千代田区神田錦町三丁目、規模は地上35階・地下3階(高さ約180m)、用途は事務所、店舗、宿泊、文化交流施設、高等学校、駐車場など。2036年度竣工予定です。準備組合は再開発区域内に適用するまちづくりガイドラインの素案をまとめ、区に提出しています。
用途に高等学校が含まれるのが特徴的です。神田・御茶ノ水は明治大学、日本大学、専修大学など大学が集積するエリアで、教育施設を再開発の床に組み込む発想はこの土地ならではだと思います。
⑦⑧ 準備組合段階の動きと、保存の実験
神田錦町二丁目神田小川町二丁目地区でも準備組合が2023年6月に設立されました。事業協力者などに住友商事、大林組、大林新星和不動産、UR都市機構が参画。区域面積は約7,000㎡で、宅地面積が約3,780㎡、道路などが約3,120㎡。施設規模や機能、スケジュールは未定です。用途地域は商業地域で建ぺい率80%、容積率600%と700%。千代田区の「神田錦町北部周辺地区地区計画」では、対象地は商業・業務施設を中心とした中高層の複合市街地を図る「B地区」と、住宅と商業・業務施設が共存する中高層複合市街地を誘導する「C-1地区」に位置しています。
区域7,000㎡のうち3,120㎡が道路という数字が、この地区の細街路の多さを物語ります。
もうひとつ、建築を学ぶ人に見てほしいのが学士会館です。1928年に建設された歴史ある建物で、誕生から約100年が経過し耐震性を含む老朽化が課題となっていました。末永く残すため耐震補強と全館改修を行うプロジェクトが進んでおり、新館は解体、より文化財的評価の高い旧館は解体せずそのまま移動させて保存されます。白山通りの拡張計画にともない旧館を東に約7m移動させ、共同事業者である東側の隣地所有者と併せた両者の敷地に大型の共同ビルを建設する計画です。2025年4月から新館の解体工事、2026年4月から旧館の曳家工事と共同ビルの建設に着工し、2029年夏頃の竣工見通しです。
**近代建築を曳家で7m動かし、道路拡幅と共同ビル建設を同時に成立させる。**保存と開発の折り合いのつけ方として、かなり具体的な解答です。
⑨ 大手町ゲートビルディング(内神田一丁目地区)
敷地面積 約5,100㎡/2026年7月末竣工
第1回で丸の内・大手町側から紹介した建物ですが、住所は内神田なのでこちらでも触れておきます。所在地は千代田区内神田一丁目31番11他、規模は地下3階・地上26階・塔屋2階、高さ約130m、敷地面積約5,100㎡、延床面積約85,267㎡、竣工は2026年7月末です。
事業の背景も明快です。内神田一丁目地区は北側に神田駅西口通り商店街や出世不動通り商店街の賑わいエリア、南側に大手町の大企業集積と皇居や国際級ホテルという拠点があります。それに対し計画地では建築物の老朽化が進み防災性が低下するなど都心部にありながら高度利用が図られておらず、水辺空間整備の潮流にもかかわらず既存建築物は日本橋川に背を向けた配置で、日本橋川や首都高速道路により神田エリアと大手町エリアが分断され歩行者の連続性・回遊性が希薄になっているという課題がありました。
訂正:第1回の記事で竣工時期を2026年1月と記載しましたが、より新しい資料では2026年7月末です。①を公開済みの場合は差し替えてください。
まとめ:飯田橋・御茶ノ水・神田の10年後
| 事業 | 規模 | 完成時期 |
|---|---|---|
| 下宮比町地区 | 延べ約20.8万㎡/47階ほか3棟 | 2030年代 |
| 富士見二丁目3番地区 | 約4,100㎡/130m | 2029年度 |
| 飯田橋駅東地区 | 約0.7ha/130m | 未定(当初2026年11月) |
| 後楽二丁目南地区 | 約27,200㎡/170m | 2030年度 |
| 神田小川町三丁目西部南地区 | 約0.6ha | 2020年代後半 |
| 神田錦町三丁目南部東地区 | 180m | 2036年度 |
| 学士会館 | — | 2029年夏 |
このエリアの再開発は、「儲かるから建てる」ではなく「建て替えられないから制度を使う」という順番で動いています。旧耐震の建物が緊急輸送道路に面していて、敷地は細かく分かれ、私道が入り組んでいる。個々の地権者では手が出せない。だから組合をつくり、権利変換で床に置き換える。
①丸の内や⑥品川のような、大地主が一気に描く再開発とは対極です。だからこそ合意形成に時間がかかり、③飯田橋駅東地区のように権利変換で止まることもある。再開発の8割は本当はこういう案件で、300m級のタワーはむしろ例外です。
そしてこのエリアには、御茶ノ水の楽器店街、神保町の古書店街、神田の飲み屋街という、他に代えのきかない集積があります。これらを床に置き換えたときに何が残るのか。学士会館の曳家のような手間をかける判断が、どこまで広がるのか。個人的にはそこが一番の見どころです。

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