東京・明治神宮外苑で進む「神宮外苑地区第一種市街地再開発事業」。神宮球場と秩父宮ラグビー場を建て替え、高さ約190mと約185mの超高層ビルを建てる計画です。
この事業は、この連載で扱ってきた他の再開発とは違い、社会的に大きな論争を呼んでいるプロジェクトです。著名人や国際的な専門家団体からの批判がある一方で、事業者や一部の論者は「反対論には誤解が多い」と反論しています。
この記事では、計画の概要を整理したうえで、賛成・反対それぞれの主張と、なぜ対立がここまで深まったのかを解説します。
事業の基本情報
地図:OpenStreetMap/位置・範囲は概略です。新施設の配置は事業者・行政の公表資料をもとにした模式表示です。数値は時点により見直されているため、最新の公表資料をご確認ください。情報は2026年9月時点。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 事業名 | 神宮外苑地区第一種市街地再開発事業 |
| 所在地 | 東京都港区・新宿区(明治神宮外苑) |
| 施行者 | 三井不動産・明治神宮・UR都市機構・伊藤忠商事(個人施行) |
| 総延床面積 | 約56万㎡ |
| 総事業費 | 約3,445億円(2025年9月の計画変更後) |
| 施行認可 | 2023年2月17日 |
| 権利変換計画認可 | 2025年12月25日 |
| 新秩父宮ラグビー場(Ⅰ期)着工 | 2026年2月3日 |
| 全体完成 | 2038年2月(予定) |
建物の構成はこうです(2025年9月26日の事業計画変更認可時点)。
| 施設 | 規模 | 主な用途 |
|---|---|---|
| ラグビー場棟 | 地上8階/高さ約46m | ラグビー場(屋根付き)、店舗、文化交流施設 |
| 野球場・野球場併設ホテル棟 | 地上14階/高さ約60m | 野球場、宿泊施設 |
| 事務所棟 | 地上38階/高さ約190m | 事務所、店舗(伊藤忠商事東京本社ビルの建て替え) |
| 複合棟A | 地上40階/高さ約185m | 事務所、店舗 |
| 複合棟B | 地上18階/高さ約80m | 宿泊施設、室内球技場 |
| 複合棟C | 地上2階/高さ約10m | 事務所等 |
| 文化交流施設棟(5棟) | 地上1階/高さ約6m | 事務所・店舗 |
「位置を入れ替えながら建て替える」工程
この計画の特徴は、球場とラグビー場の位置を入れ替えながら順番に建て替えることです。使えない期間を短くするための手順です。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 第1段階 | 神宮第二球場を解体 → **新ラグビー場(Ⅰ期)**を建設(2030年開業予定)。同時期に伊藤忠商事東京本社ビルを建て替え |
| 第2段階 | 秩父宮ラグビー場を解体 → 複合棟Aと新野球場・ホテル棟を建設 |
| 第3段階 | 神宮球場を解体 → ラグビー場(Ⅱ期)、文化交流施設棟、複合棟B・Cを建設、広場を整備 |
2025年9月の計画変更で、全体の完了時期は2035年11月から2038年2月へ延期されました。
完成イメージがこちらです。



なぜ再開発が計画されたのか
事業者と行政が挙げる理由は、主に3つです。
① 施設の老朽化
秩父宮ラグビー場は完成から約78年が経ち、漏水や腐食が目立つとされています。車いす席やバリアフリートイレの不足、選手と観客の動線確保などの課題もあり、ユニバーサルデザインの導入が求められていました。神宮球場も1926年の開場で、同様に老朽化が進んでいます。
② 歩行者動線と防災
港区は、各施設への来場者の十分な歩行者動線が確保できていないことを課題に挙げています。計画では新球場と新ラグビー場の間に約1.5haの「中央広場」を整備し、広域避難場所としての機能も持たせます。
③ 維持管理の財源
明治神宮は宗教法人であり、外苑の広大な森や施設の維持費を自らの収入で賄う必要があります。超高層ビルの賃料収入などを、施設更新と緑の維持に充てる仕組みを作ることが、事業の背景にあると説明されています。
賛成・推進側の主張
事業者や、計画を支持する論者は、主に次のように主張しています。
① 緑はむしろ増える
2023年時点の計画では、既存樹木1,904本に対して、再開発後は1,998本になる見込みとされました。オープンスペースの割合は整備前の21%から44%に拡充する計画です。聖徳記念絵画館の前は、芝生を基調とした約2.5haの広場として誰でも入れる場所に再整備されます。
② いちょう並木は保存される
4列のいちょう並木は維持し、いちょう並木から聖徳記念絵画館を望む景観は継承するとされています。地区全体を南北に貫く「みどりの散策路」も整備されます。
③ 「数千本が伐採される」は誤解
推進側の論者からは、反対論には事実誤認が多いという指摘があります。たとえばBloombergのコラムは、「数千本の樹木が伐採される」という主張について、実態とかけ離れているという趣旨の論評をしています。伐採の対象には高さ3m未満の低木が多く含まれるという指摘もあります。
④ 現実的な財源の裏付けがある
代替案と比較して、事業者案は施設更新と維持管理の資金計画が具体的だという評価があります。反対側の代替案については、樹木の保護を重視する一方で、ファイナンスが現実的でないという批判もあります。
⑤ スポーツ施設として必要
バリアフリー化、屋根付きの新ラグビー場、選手・観客動線の改善など、スポーツ施設としての機能向上は、利用者や競技団体にとって実利があるという立場です。
反対・見直しを求める側の主張
一方、計画の見直しを求める側は、主に次の点を問題視しています。
① 樹木の伐採と、いちょう並木への影響
2023年時点の計画では既存樹木743本を伐採するとされました(高さ3m以上の樹木に限っても多数が含まれる)。本数の総数は増えても、長年育った大木が失われ、若木に置き換わることを問題視する声があります。
特に懸念されているのがいちょう並木です。新野球場といちょう並木の間隔は約8mとされ、根への影響で並木が衰弱するのではないかという指摘があります。日本イコモス国内委員会は独自調査で、異変が生じているイチョウがあると公表しました。
港区も2025年10月、施行者に対して区道のいちょうの保全を要請しています。事業者側はいちょうの移植検討のための調査を実施しています。
② 国際的な専門家団体からの警告
ICOMOS(イコモス、国際記念物遺跡会議)は、ユネスコの諮問機関です。その日本国内委員会が東京都に計画の見直しを提言し、ICOMOS本体も「ヘリテージ・アラート」を出して、文化的景観としての神宮外苑が危機にあると警告しました。
③ 手続きの民主性
反対側は、計画の詳細が公表されてから意見を出せる期間が短かったこと、説明会で決定は変更できないと説明されたことなどを挙げ、都民への十分な周知と議論がないまま決まったと主張しています。
また、神宮外苑一帯は都市計画公園に指定されていたため、超高層ビルを建てるにはその指定の一部を外す必要がありました。公園の区域を縮めて高層ビルを建てるという手続きそのものに疑問を投げかける声もあります。
④ 歴史的景観の喪失
神宮外苑は大正期に国民の献金と勤労奉仕で造られたという歴史を持つ場所です。神宮球場そのものを歴史的建造物として残すべきという意見や、190m級のビルが並ぶことで景観が一変することへの反発があります。
⑤ 著名人の発言
音楽家の坂本龍一氏、作家の村上春樹氏、ミュージシャンの桑田佳祐氏らが計画への疑問や批判を表明し、社会的な関心が一気に高まりました。
いちょう並木と絵画館前の景観がこちらです。



なぜ対立がここまで深まったのか
賛否の中身を見ると、両者は「同じ事実」を「違う物差し」で測っていることが分かります。対立の原因は、大きく5つに整理できます。
原因① 「樹木の数」と「樹木の質」の違い
推進側は総本数(1,904本→1,998本)で「緑は増える」と言い、反対側は伐採される既存木(743本)と大木の喪失で「緑は失われる」と言います。
どちらの数字も計画資料に基づいています。ただ、「本数」を見るか「育った年月」を見るかで結論が逆になる。ここが最初のすれ違いです。
原因② 「将来の想定」への信頼度の違い
「樹木が増える」という数字は、移植・植樹した木がすべて定着した場合の想定です。反対側は定着しなかった場合や、既存木が枯れた場合のリスクが考慮されていないと指摘します。
いちょう並木の健康状態についても、事業者側は「健全」とし、日本イコモスは「異変がある」と公表しました。調査の時期や方法が違うため、同じ並木について異なる評価が並立しています。
原因③ 「誰がお金を出すのか」という構造
神宮外苑は公園のように使われていますが、土地の多くは宗教法人・明治神宮の所有地です。公共の税金で維持されている公園ではないという点が、議論を複雑にしています。
推進側は民間が維持するには収益源が必要」と言い、反対側は「公共的な場所なのに、民間の収益事業で姿を変えてよいのか」と問います。公共性と所有権の間のねじれが、対立の根にあります。
原因④ 手続きへの不信
計画は法令上の手続き(都市計画決定、環境影響評価、施行認可)を経ています。推進側は「適法な手続きで決まった」と言います。
反対側は、意見募集期間の短さや説明会の進め方を挙げ、「形式的には適法でも、実質的な合意形成が不十分だった」と主張します。「適法かどうか」と「納得できるかどうか」は別の問題であり、ここでも議論がかみ合っていません。
原因⑤ 情報の伝わり方
推進側の論者からは、SNSなどで「数千本が伐採される」といった不正確な情報が広まったという指摘があります。反対側からは、事業者の情報公開が遅く不十分だったという指摘があります。
情報不足と誤情報が互いに不信を強め合った——その結果、東京都がICOMOSからの回答要請に応じなかったことも報じられ、双方の意見がかみ合わない膠着状態が続きました。
現在の状況(2026年9月時点)
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 2023年2月17日 | 東京都が施行認可 |
| 2023年3月 | 神宮第二球場の解体工事着手 |
| 2023年9月 | ICOMOSがヘリテージ・アラートを発出 |
| 2025年9月26日 | 事業計画変更認可(完了時期を2038年2月に延期、ラグビー場の規模縮小) |
| 2025年10月17日 | 港区が区道のいちょうの保全を要請 |
| 2025年12月25日 | 権利変換計画認可 |
| 2026年1〜2月 | 施行者がいちょうの移植検討のための調査を実施・公表 |
| 2026年2月3日 | 新秩父宮ラグビー場(Ⅰ期)着工 |
| 2030年 | 新ラグビー場 開業予定 |
| 2038年2月 | 全体完成予定 |
事業は着工段階に入り、2030年には新ラグビー場が開業する予定です。一方で、いちょう並木の保全をめぐる行政間・事業者との調整は続いています。住民による訴訟も起こされており、その経過や判断は最新の報道で確認する必要があります。
まとめ:何が争点なのか
計画の概要
- 神宮球場と秩父宮ラグビー場を位置を入れ替えながら建て替え、190m・185mの超高層ビル2棟を含む総延床約56万㎡を整備
- 施行者は三井不動産・明治神宮・UR・伊藤忠商事、総事業費約3,445億円
- 2026年2月に新ラグビー場が着工、全体完成は2038年2月
賛成・推進側の主な主張
4. 施設の老朽化・バリアフリー化への対応が必要
5. 樹木の総数は増え、オープンスペースは21%→44%に拡大、いちょう並木は保存
6. 宗教法人が外苑を維持するには収益の仕組みが必要
7. 反対論には事実誤認が多い
反対・見直しを求める側の主な主張
8. 大木を含む多数の樹木の伐採と、いちょう並木への悪影響
9. ICOMOSなど国際的な専門家団体からの警告
10. 都市計画公園の縮小を含む手続きと合意形成の不十分さ
11. 大正期から続く歴史的景観の喪失
対立の原因
12. 「本数」と「質」、「想定」と「リスク」、「所有」と「公共性」、「適法」と「納得」という物差しの違い
13. 情報の不足と誤情報による相互不信
神宮外苑の議論は、「再開発に賛成か反対か」という単純な問いではありません。民間が所有する公共的な空間を、誰の負担で、どこまで変えてよいのか——という、都市の緑の持続可能性をめぐる問いです。
この問いには、立場によって異なる正解があり得ます。だからこそ、どちらの主張がどの事実に基づき、どこで評価が分かれているのかを分けて理解することが、議論に参加する出発点になります。
よくある質問
Q. 神宮外苑の再開発はいつ完成する?
全体の完成は2038年2月の予定です。新秩父宮ラグビー場(Ⅰ期)は2026年2月3日に着工し、2030年の開業を予定しています。2025年9月の計画変更で、当初の2035年11月から延期されました。
Q. いちょう並木はなくなる?
事業計画では4列のいちょう並木は維持するとされています。一方で、新野球場との距離が近いことから影響を懸念する声があり、港区は2025年10月に施行者へ区道のいちょうの保全を要請しています。施行者は移植検討のための調査を実施しています。
Q. 何本の木が伐採される?
2023年時点の計画では既存樹木743本を伐採し、新たな植樹を含めて総本数は1,904本から1,998本になる見込みとされました。その後の計画変更で数値が見直されている可能性があるため、最新の公表資料を確認してください。
Q. なぜ反対されているのか?
主に、大木を含む樹木の伐採といちょう並木への影響、ICOMOSなど専門家団体からの警告、都市計画公園の縮小を含む手続きや合意形成への疑問、歴史的景観の喪失などが理由として挙げられています。
Q. なぜ再開発が必要とされているのか?
事業者側は、秩父宮ラグビー場・神宮球場の老朽化とバリアフリー対応の必要性、来場者の歩行者動線の確保、明治神宮が外苑を維持するための収益基盤の確保などを理由に挙げています。


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