熊本市新庁舎はどうなるのか?

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1. 熊本市新庁舎計画の全体像

◆ なぜ建て替えるのか

熊本市役所本庁舎は1981年竣工、地上15階・地下2階、延床約4万m²の鉄骨鉄筋コンクリート造。熊本城の真正面に建つ“街の顔”です。

しかし、2016年の熊本地震後に2度実施された耐震性能調査で「現行の建築基準法等が求める耐震性能を有していない」と評価され、さらに地下設備が水害に弱いこと、庁舎の老朽化・手狭さなどが課題とされました。

市は有識者会議の答申(「本庁舎等は建て替えるべき」)を受け、2023年に「建替え方針」を正式に表明。2024年8月には「熊本市新庁舎整備に関する基本構想」を策定しています。

◆ 規模・機能と建設地

基本構想で示されている規模・構成は次のとおりです。

  • 必要延床面積(新庁舎本体)
    • 本庁機能:45,700㎡
    • 議会機能:6,500㎡
    • 中央区役所機能:7,800㎡
    • 小計:60,000㎡
  • 駐車場:10,300㎡
  • 合計:70,300㎡(駐車場含む)

建設地の分担が特徴的で、

  • 本庁舎+議会棟:NTT桜町地区
  • 中央区役所:花畑町別館跡地

に分ける方針です。

概算事業費(建設関連費)は約616億円+αで、
その内訳は設計費・建設費・解体費・土地取得・駐車場整備など。国の補助金・交付税措置と、現庁舎跡地などの利活用による収入を差し引いた市の実質負担は約255億円+αと試算されています。


2. 建築の視点:「災害に強い市民のリビング」をどうつくるか

※まだ基本設計前なので「コンセプトレベル」の話が中心になります。確定案というより、「こういう方向性になりそう」という読みです。

◆ コンセプトの3本柱

基本構想では、新庁舎の姿を次の3つの視点で整理しています。

  1. あらゆる災害に対応できる庁舎
  2. 市民が利用しやすく、質の高い行政サービスを提供できる庁舎
  3. まちの賑わいに貢献し、まちづくりの核となる庁舎

建築的に言い換えると、

  • 構造・設備面では「災害に強いインフラ
  • プラン・動線では「市民と行政のインターフェース
  • 都市デザインでは「中心市街地の結節点

を一つの建物群でまとめようとしている計画、と考えられます。


◆ 災害に強い庁舎:構造・配置のポイント

基本構想では詳細な構造方式(免震か制振かなど)はまだ明示されていませんが、少なくとも次のような性能が求められています。

  • 大地震でも継続利用可能な耐震性能
  • 災害時に災害対策本部として機能し続ける冗長性
  • 浸水リスクの低い場所・フロアに重要設備を配置
  • 電源喪失時の自立継続性(非常用電源・備蓄スペース 等)

現在の本庁舎は川の近くで、地下に機械設備があり浸水に弱いと指摘されていますが、これを建設地・設備配置の両面から是正するのが新庁舎の大きなテーマです。

挿入イメージ案(図・CG):

図1:熊本地震・水害リスクを重ね合わせた熊本都心部マップと、新庁舎・現庁舎の位置関係(ハザードマップ簡略版+庁舎アイコン)


◆ 市民サービスの器としてのプラン

基本構想では、市民サービス向上のために市民利用スペースや待合・相談スペースの拡充が明記されています。現庁舎に比べて、中央区役所機能の延床は4,593㎡→7,800㎡へと大幅に増える計画です。

このことから、今後の設計では例えばこんな方向性が意識されるはずです(ここは推測・一般論を含みます):

  • ワンストップ窓口+共用ロビーで手続き動線を短縮
  • 子ども連れ・高齢者に配慮したユニバーサルデザイン
  • 行政利用だけでなく、市民イベント・展示・会議にも開放できる多目的ホールや交流ラウンジ

◆ まちの賑わいと「熊本らしさ」

建設地のNTT桜町は、バスターミナル「サクラマチクマモト」と熊本城の間に位置する超一等地。ここに本庁舎と議会棟が入ると、

  • 熊本城
  • サクラマチ
  • 花畑広場・辛島公園

をつなぐ歩行者ネットワークの要になります。

今後の設計でポイントになりそうなのは、

  • 熊本城への眺望をどう確保するか
  • 低層部を「壁」にせず、広場や通路で街に開くか
  • 熊本地震からの復興を象徴する**素材選択(木材・石材など)**やデザインモチーフ

といったあたり。八代市新庁舎のようにCLTなど地域産木材を積極的に使うケースも県内にあり、熊本市でも「熊本らしさ+環境負荷低減」をどう表現するかは大きなテーマになりそうです。


3. 施工の視点:一括発注と長期プロジェクトのマネジメント

◆ 設計者選定と一括発注

熊本市は、基本計画から基本設計・実施設計までをひとつの業務として一括発注する方式を採用しました。この業務の受託者に選ばれたのが、

  • 日建設計九州オフィス(福岡市)
  • 太宏設計事務所(熊本市)

による共同企業体(JV)です。

契約金額は約16.3億円、履行期間は2025年2月~2028年3月中旬まで。

さらに、合併推進債を最大限活用するため、実施設計契約を期限内に結ぶ必要があることが、一括発注方式採用の大きな理由になっています。

建築的には、

  • 早い段階から構造・設備・都市計画・財政を統合的に検討しやすい
  • 一方で、設計者側には短期間で高精度なコスト検証とデザイン検討が求められる

という、かなり難易度の高いプロジェクトです。


◆ 施工上のチャレンジ(想定)

まだ施工者は決まっていませんが、技術的なポイントとしては:

  1. 都市中心部での大規模工事
    • 交通量の多いエリアでの資材搬入・クレーン計画
    • 近接する建物(サクラマチ、NTT施設等)への影響対策
  2. 高度な耐震・防災性能の実現
    • 免震・制振構造や非常用設備の冗長系を組み込む場合、地下・基礎工事の難易度が高くなる
    • 浸水対策のための構造・設備ディテール(止水板、電気室の高所配置 等)
  3. 現庁舎解体との段取り
    • 新庁舎完成 → 機能移転 → 現庁舎解体 → 跡地活用、という流れが必要で、
      仮庁舎・引っ越し計画も含めた工程マネジメントがカギになります。

4. 不動産・まちづくりの視点:616億円と“超一等地”の行方

◆ 現庁舎跡地=熊本城前の一等地をどうするか

基本構想では、現庁舎跡地を含む市有地の利活用によって約133億円の収入を見込み、新庁舎整備の実質負担軽減を図るとしています。

手法としては、

  • 民間への有償貸付
  • 売却による一括収入
  • 公共施設+民間施設の複合開発

などが想定されており、すでに「庁舎周辺まちづくりプラン(仮称)」やサウンディング型市場調査が動き始めています。

不動産的に見ると、

  • 熊本城の真正面=唯一無二のロケーション
  • 熊本電鉄・バス・LRT(将来)などと絡む高い交通利便性
  • すでにサクラマチ再開発という大型商業があるため、競合/補完関係をどう設計するか

が大きな焦点になります。


◆ 民間活力の「光」と「影」

一方で、日本共産党市議団などからは、

  • 耐震性に問題がない建物を早期に壊し、ゼネコンやデベロッパーに一等地を差し出す
  • サクラマチ再開発でも空き店舗が目立ち、「大型開発型まちづくり」は行き詰まりつつある

といった批判も出ています。

これは、単に「建て替える/建て替えない」の話ではなく、

  • 公有地をどこまで民間に開放するか
  • 公共施設と商業施設をどういうバランスで混ぜるか
  • その果実(地価上昇や賑わい)の受益者は誰か

という、都市不動産としての本質的なテーマにつながっています。


5. 政治の視点:耐震論争と住民投票をめぐる攻防

◆ 「耐震不足」か「まだ使える庁舎」か

市側は、2度の耐震性能調査の結果などから「現庁舎は現行基準を満たしておらず、耐震補強も困難」と説明し、建て替えを進めています。

これに対し、日本共産党などは、

  • 総務省消防庁への報告では、これまで一貫して「耐震性能が確保されている」としてきた
  • 2016年熊本地震でも大きな損傷はなく、「改修で対応可能」との被災度調査結果もある
  • 市が用いた耐震評価は「新築用の基準」を既存庁舎に当てはめたローカルルールであり妥当でない

と反論しています。

「事実がどうか」だけでなく、

  • どの基準を採用するか
  • どのリスク(地震・水害・老朽化・BCP)を重く見るか
  • 将来の市民負担をどこまで許容するか

という価値判断が強く絡む論点です。


◆ 住民投票条例は「否決」

2025年1月には、市民側から**「新庁舎建設の賛否を問う住民投票条例」**が地方自治法に基づいて制定請求されましたが、市議会の審議結果は「否決」。住民投票は実施されませんでした。

これは、

  • 「大きな財政負担・都市構造を変える案件なのに、直接住民投票が行われなかった」
  • 一方で「高度に専門的な耐震・財政・都市計画の判断を住民投票にゆだねるべきか?」

という、民主主義の設計としても考えさせられるポイントです。


6. これからの論点と、熊本市新庁舎の“見どころ”

最後に、建築・施工・不動産・政治の視点をまたぎながら、「ここを見ておくと面白い」というポイントを整理しておきます。

◆ 建築

  • 日建設計+地元設計事務所による熊本らしい庁舎デザイン(素材・プロポーション・熊本城との関係)
  • 災害に強い構造・設備計画がどこまで可視化されるか(免震層見学スペースなどの可能性)
  • 市民交流スペースがどれだけオープンで、使い倒したくなる空間になるか

◆ 施工

  • 都市中心部×大規模×高性能という難度の高い工事マネジメント
  • 仮庁舎・引っ越し・解体を含めたトータル工程の見える化
  • 地元企業の参画度合い(JV・協力会社・施工者選定)も注目ポイント

◆ 不動産・まちづくり

  • 現庁舎跡地の用途ミックス——「観光・業務・居住」のバランス
  • サクラマチや周辺商店街との補完関係をつくれるか、それともカニバリになるか
  • 路面電車や将来の公共交通(LRT等)とのノード(結節点)としてのデザイン

◆ 政治

  • 耐震・水害リスク評価に関する情報公開と説明責任
  • 財源構成(合併推進債・地方債・一般財源)の変化と、市の中長期財政への影響
  • 住民参加の場(説明会・ワークショップ・ラボ等)が、どこまで実質的な議論の場になるか

まとめ:熊本市新庁舎は「ハコもの」か、それ以上か

熊本市新庁舎は、

  • 616億円規模の巨大投資であり、
  • 熊本城前という“超一等地”の使い方を決めるプロジェクトであり、
  • 熊本地震後の防災・BCPの象徴となる建物でもあります。

だからこそ、

  • 建築のクオリティ(空間・構造)
  • まちへの開き方と不動産戦略
  • 政治プロセスの透明性

この3つをセットでチェックしていくと、「単なるハコもの」か「都市のアップデート」かが見えてきます。

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