秋田市「最大1万人案」vs Jリーグ「1.5万人以上」——“5,000席の差”で街と財布はどれだけ変わる?
秋田市の新スタジアム議論は、ざっくり言うと 「市が示した“5,000〜1万人規模”」 と、「Jリーグ側が求める“1.5万人級(J1想定)”」 の綱引きです。実際に秋田市は、5,000人〜1万人の“3つの規模”で事業費などを試算して示したと報じられています。
ここで大事なのは、収容人数の違いは「席が増える」だけじゃなく、建築(建物のボリューム・設備)と都市計画(交通・周辺開発・近隣影響)を“別物”にすることです。
まず前提:Jリーグの“人数”はどこから来るの?
Jリーグのスタジアム基準(2026年度用)では、J1は15,000人以上、J2は10,000人以上が基本です(※芝生席は観客席扱いしない)。
さらに「理想のスタジアム」要件や拡張可能性などを理事会が総合判断した場合、5,000人以上・全席個席でも基準を満たす扱いになり得る、という“緩和”も明記されています。
つまり、
- 5,000〜1万人:J3〜J2の“最低ライン寄り”(ただし設計次第で伸びしろを残せる)
- 1.5万人以上:最初からJ1基準を満たす(=後戻りしにくい大型投資)
…という整理になります。
建築的に何が変わる?(結論:席数より“付帯設備”が増える)
収容人数が増えると、スタンドが大きくなるだけでなく、次が連鎖的に増えます。
1) 建物の「外周」と「階層」が変わる
- 5,000〜1万人:平面的にコンパクトにまとめやすく、2層化(上下スタンド)を避けられる場合もある
- 1.5万人級:観客席を増やすには、スタンドの延長だけでなく2層化・上層コンコースが現実的になり、構造・動線・設備が一段重くなる
2) トイレ・売店・コンコース・出入口(避難)が“規模比例で増える”
観客が増えると、
- トイレの器具数
- 売店・入退場ゲート数
- コンコース幅、階段・通路、車椅子席まわり
が増えます。これは「快適性」だけでなく、**安全(滞留・避難)**に直結するので削りにくいコストです。
3) 屋根・雪国仕様の“効き方”が変わる
Jリーグ基準には「新設・大規模改修は原則、観客席を覆う屋根」等の考え方があり、寒冷地では暖房なども条件として出てきます。
秋田のような雪国では、屋根の雪荷重・融雪・風対策が効いて、1.5万人級ほど「屋根をかける面積が大きい=跳ねる」構図になりやすいです。
都市計画的に何が変わる?(結論:交通と近隣負荷が“段階”で上がる)
1) 交通計画:「輸送力」の桁が変わる
- 1万人:ピーク時の人流は“なんとか回せる”ラインになりやすい
- 1.5万人:公共交通の増便・臨時輸送・歩行者動線の分離まで設計しないと、詰まりやすい
スタジアムは試合終了後に一斉退場するので、同じ人数でも商業施設よりピークが鋭い。1.5万人になると、駅・バス・駐車場出庫が「イベント警備レベル」になり、交通結節点の改修まで議論が飛びます。
2) 周辺開発:1.5万人級は“スタジアム単体”で成立しにくい
試合日以外の稼働を作るには、
- 飲食、広場、物販、会議室、フィットネス、行政サービス等
との複合が効きます。逆に言うと、大きいほど「街側の受け皿」も必要になり、都市計画(用途・導線・景観・騒音)と一体で設計する必要が強くなります。
3) 近隣影響:騒音・光・渋滞・治安コストが増える
5,000〜1万人は「地域施設+イベント」くらいで調整しやすいのに対し、1.5万人級は警備・交通規制・騒音対策が“常設前提”になっていきます。
じゃあ建設費はどれくらい違う?(根拠:他都市の「1席あたりコスト」)
計算法(シンプル版)
建設費 ≒(1席あたりコスト)×(席数)+(寒冷地・屋根・造成などの上乗せ)
ここで使う「1席あたりコスト」は、近年の国内新設例からざっくり掴めます。
- 金沢ゴーゴーカレースタジアム:整備費 約79.8億円、収容 10,444人
→ 約76万円/席(=79.8億÷10,444) - 今治里山スタジアム:建設費 約40億円、収容 5,316人
→ 約75万円/席(=40億÷5,316)
この2例は「だいたい75〜76万円/席」に収まっています(もちろん、屋根の範囲・VIP設備・造成・物価高で上下します)。
これを秋田の論点に当てはめる(概算)
- 5,000人規模:5,000 × 0.75百万円 ≒ 約37.5億円
- 10,000人規模:10,000 × 0.75百万円 ≒ 約75億円
- 15,000人規模:15,000 × 0.75百万円 ≒ 約112.5億円
ここに秋田特有の上振れ要因(雪・風・寒冷地設備・屋根の大型化・地盤改良等)が乗るので、体感としては
「1万人→1.5万人」で +30〜50億円級の差が出ても不思議ではない、というレンジ感になります(“席の50%増”より、付帯設備と屋根で効く)。
維持費はどれくらい違う?(結論:毎年“数千万円〜億単位”で差が開く)
維持管理費は、一般に
- 清掃・警備・運営
- 光熱水費
- 芝生維持(天然芝は高い)
- 設備保守(照明、映像、通信、昇降機等)
- 修繕積立(10〜20年で更新が来る)
が効きます。
実例
- 北九州:ミクニワールドスタジアム北九州は、建設費+15年間の維持管理費を含む総事業費が約107億円と整理される資料があります。
→ 「建てた後に“長期で効くお金”が必ず付いてくる」典型です。 - さらに、行政資料の事例では、年間の維持管理費が約4.76億円といった規模の回答例も確認できます(人件費・修繕費・光熱水費等の内訳付き)。
概算の出し方
維持管理費は乱暴に言うと
年間維持費 ≒ 建設費 × 2〜4%
で置くと、現実のレンジから大外ししにくいです(そこに“大規模修繕の波”が来る)。
さっきの建設費概算に当てると:
- 5,000人(約38億):年 0.8〜1.5億円
- 10,000人(約75億):年 1.5〜3.0億円
- 15,000人(約113億):年 2.3〜4.5億円
秋田は冬季の設備負担(融雪・暖房・除雪・屋根点検等)が増えやすいので、同じ席数でも上側レンジに寄る可能性があります。
「じゃあどっちが正しいの?」論点はここ
秋田市案(最大1万人)で“勝ち筋”を作るなら
- 最初から拡張前提の構造計画(増設しやすいスタンド配置・敷地計画)
- 試合日以外の稼働設計(会議室、広場、飲食、ツアー導線)
- 公共交通と歩行者動線の設計を先に固める
→ Jリーグ基準には「理想のスタジアム」等を満たす場合の緩和も書かれているので、“小さく産んで大きく育てる”設計力が生命線になります。
1.5万人級(J1想定)で行くなら
- 街側(交通・駐車・宿泊・回遊)の受け皿整備とセットが必須
- 建設費だけでなく、年2〜4億円級の維持管理をどう埋めるかが主戦場
参考として、金沢ではネーミングライツが年額3,111万円という例もありますが、これだけで維持費全部は埋まりません。
(だから“単体採算”ではなく、周辺開発や来街効果、指定管理・PPP設計が議論になります。)
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参考文献・出典
- FNNプライムオンライン(秋田テレビ)「新スタジアム整備、Jリーグ『最大1万人規模では志低い』…」
- Jリーグ「Jリーグスタジアム基準[2026年度用]」
- 金沢市「金沢スタジアムの施設概要(整備費 約79.8億円)」
- 沖縄県資料(類似事例調査:北九州スタジアム総事業費107億円=建設費+15年維持管理費)
- ミクニワールドスタジアム北九州(概要:15年間の維持管理経費を含む、等)
- 静岡県資料(視察回答:年間維持管理費4億7600万円と内訳例)
- 今治里山スタジアム(建設費約40億円・収容5,316人)

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